2025年度/慶應義塾大学総合政策学部、中央大学法学部政治学科ほか/沖縄県糸満市で平和教育を主軸としたプラットホームを作りたい
2025年度【合格体験記】中原悠太さん
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沖縄県糸満市で平和教育を主軸としたプラットホームを作りたい
慶應義塾大学総合政策学部、中央大学法学部政治学科、武蔵野大学法学部
高校生活
どんな高校生活でしたか?
生徒会を中心に活動をしていました。高校1年生から生徒会長に立候補したんですけど落選しちゃって、高校2年生でやっと生徒会長になりました。そこから学校代表としていろんなプロジェクトに参加したりと、活発に活動していましたね。
1年生から生徒会長に立候補したの⁈すごいね、その時のモチベーションは?
最初は「この学校、俺が変えてやる!」って思ってて。笑
「なんで俺はできてるのに、みんな自分にはできないって思ってるの?同じ豊見城南高校の生徒だよ?」って。
何様のつもりだって言われるかもしれないですが、「みんなできるよ?」って周りにアピールするためにやってました。同じ学校の生徒だから、みんなもできるよって伝えたくて。

すごい熱意だね。校外では何か活動してた?
実は、豊見城南高校は第一志望校に落ちて二次募集で合格したんです。そして同じ特進コースのクラスメイトも8割くらいが二次募集で合格した人たちでした。みんな入学式初日から「俺らは終わった」って会話をしてて…。
だから外部でコミュニティを作ろうと思いました。そして友達と一緒に、沖縄県の移民の歴史や「ウチナーネットワーク」で沖縄県の県系人ネットワークについて学ぶ授業に参加したり、OJH(Okinawa Japan highschool)政経塾っていう政治について高校生が勉強する会に参加して、そこで先輩にも出会えました。
高校2年生の時にはタイに行って、国際協力について学ぶ授業に参加したり、OJH政経塾の共同代表になったりとか、神奈川県で福祉系のお祭りの運営メンバーをやったりしてました。この時は結構迷走してて、とりあえず話が来たもの全部やってました!ロボットアイデアコンテストにも参加して、沖縄県代表にもなったり。色んなことをしてたなって自分でも思います。
すごいね。ほんとに活発に活動してたんだね。
ずっと動いてましたね。学校でも生徒会のほかに部活動もしてました。音楽部、書道部、ボランティア部、陸上部のマネージャーです。笑
陸上部は立ち上げから友達と一緒にやったし、音楽部は合唱の時だけ参加して、書道部は小学4年生から書道をやっていたので入部して、ボランティア部はそういった活動が好きで入部すれば情報が入ってくるかなと思っていたら募金活動しかしなくて…って感じでした。
総合型選抜を受けようと思った理由
総合型選抜を受けた理由は?
こんなに活動はしてたんですけど、実は総合型選抜について全然知らなくて。学校でも先生によって総合型選抜とか推薦とか呼び方が違ってて、「推薦入試の一種なのかな?」と思っていました。
僕はどうしても関東にある政治が学べる大学に行きたいという思いが強かったので、一般入試しかないと思ってました。那覇国際高校を受験した時は落ちたし、本当はMARCHとか行きたかったけど、不安だったので志望校を下げて、どうにか頑張れば行けるかなと思って明治学院大学を目指していました。
総合型選抜については塾の説明会で知りました。説明会で色々話を聞きながら、明治学院大学に行きたい話をしたら、講師の方から「慶應義塾大学目指せるよ」って言われて…。「あー、これって勧誘のために言われてるのかな」って思って半信半疑だったんですけど、親が乗り気になっちゃって。
親は僕がいろんな活動をしてるのはわかってるけど、全然まとめられてないと思っていたみたいで。ルークス志塾に通えば、頭の整理ができて自分の進む道を決められるんじゃないかって思ったらしいです。親も先輩方も勧めてたので、通ってみようかなと思いました。
それで入塾してくれて、総合型選抜を受けようと思ったんだ?
はい、でもMARCHなら受けようかなと思ってました。慶應義塾大学はギリギリまで不安で…。慶應義塾大学はやっぱり難しいし、自分が何もできてない感じがして。先輩方がSFC対策やってるのを見てて、泣きそうなくらいやってるなって思ったら、自分には厳しいかもって思ってました。
こんなに活動してたのに、自信なかったの?
中学も高校も受験に落ちて、受験には縁がないなと思っていたので…。ほんとに大学受験は、今までみたいにならないようにと思ってました。
志望校を決めた理由

そんな不安な状況で志望校を決めたのはいつ?
最初は慶應義塾大学の法学部の受験対策をしていて、慶應義塾大学の対策をしていれば、最悪MARCHの法学部ならどうにかなるだろうと思ってたんです。それでタイに行ったときに、タイって政府がしっかりしていないので、民間の力が強く民間で社会の課題解決をしていることを知りました。
そして国際協力をしている企業を見て、やはり行政だとスピード感がなくて遅いし、自由にやれない事がある。一方で民間なら自由にできると気づいてから、行政とか政治以外の課題解決方法に目を向けるようになりました。それがあって、タイから帰ってきた後に学部横断的に学べる慶應のSFCに志望校を変えました。
タイでいい経験をしたんだね。実感したことからSFCに行きたいと思えることはすごいことだよ。総合型選抜の研究テーマはそれに近いことにしたの?
僕は地元をよくしたいって思いがあったので、沖縄県糸満市の強みである平和教育を主軸としたプラットホームを作りたいというテーマにしました。イベントに参加した子供たちが「糸満市最高だな」とか「糸満市はこういう課題があるから、こうしたらいいんじゃないか」みたいな話題で、多世代にわたるつながりも作りつつ、糸満市を盛り上げていける場を作りたいです。
そのテーマが決まって、どんな対策をしたの?
テーマが決まった後も、方向性で紆余曲折していました。ソーシャルマーケティングだったり、“シビックプライド(地域に対する住民の貢献度や誇りをもっているかの指数)”をどうやって上げるかだったり、「共生社会」について考えたりしながら、文化を守ることについて考えたり、どうしたらいいんだって悩んでました。
僕は政治が好きなのでつい行政視点で考えていて、紆余曲折してました。なので対策というか、実際にしていたことは、まず朝に家族が家を出るのと一緒に家を出て、8時くらいにルークス志塾に来てました。着いたら少しぼーっとしながら考えを整理して、午前中に授業を受けて、ルークス志塾にいる間は講師の方の空き時間に話を聞いてもらってました。講師の方には文章の添削だったり、自分で何をしたらいいか分からなくなったときは、「こういうのあるよ」と活動の提案をしていただいたり、僕が考えていることについて深堀りしていただいたりしました。
ルークス志塾について

沖縄校舎の魅力は?
めちゃくちゃ居心地がいいです。環境もそうですし、通ってみると楽しいですし。そして1人で勉強漬けって感じじゃなくて、良い距離感で講師の方々と話せて、気負わず頑張れるアットホームですね。
ルークス志塾で対策して成長したことは?
いろんな活動をした後に自分でまとめられるようになったことです。いろんなことに手を出しちゃうんですけど、その後に考えを整理できるようになって、こことここは結びつきそうだなとか気づけるようになりました。
そして志望理由書とかめっちゃ書いてきたのでまとめる力は身に付きましたね。授業のたびに書き直して添削してもらいました。あと、これまでの活動で、人前に出てすごいねと言ってもらってたんですけど、これまでの受験からコンプレックスがあったし、大きい成功体験がなくて。そこで合格できたことは大きかったですね。トラウマを克服できたかなと思っています。
これからの目標

今後の目標について教えて!
まずは、自分がSFCに行こうと思った理由である、地域の人たちをつなぐプラットフォームの作り方とか評価の仕方を学びながら、これまでの活動を続けていきたいなと思っています。いろんな活動をしていて、こことここが結びつくんだって気づいたことが多かったので、今後新しいやり方や場所を作っていくならば、関係ないと思えるような活動でもつながることはあると思うので、できる限り今後も続けていきたいです。今もちょうどいろいろとお声がけいただいてることもあるので。とにかく成長し続けたいです!
後輩にむけて何か一言、お願いします!
僕でも大学に合格できたから、だれでもいけます。笑
豊見城南高校通ってたやつがいけたんだから、萎縮しないで!って言いたいです。絶対いけるから頑張ってほしい。沖縄の子たちみんなに自信を持ってほしいです。
こんなに活動やってたのに、この言葉が出てくるのがすごいね。たしかに僕たちも沖縄の子みんなに頑張ってほしいな。後輩に伝えていこう!
はい!